アジアの片隅のちっぽけな街、仙台から発信するトニーモンタナの魂の雄叫び。いつか夜の雨が降り出した淋しき街で、言葉に託した熱くたえなるロックンロールを届けます。横道に逸れる者を嘲笑うじゃなく明日、今日よりも少し前に進めれば・・・。
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半年ほど拓郎の曲を毎日少しづつ聞いている。寝ても覚めてもという感じではないがマイブームというヤツである。揃えていなかったCDやDVD、レコードも随分買った。今日も買ってしまった。何故なら来週の月曜日で見納めかもしれないからだ。
中学生の時、聞き始めて何十年経つのだろう。35年以上前の曲は消して色褪せてはいなく今聞いても新鮮だ。週末の早朝散歩のBGMにも欠かせない。朝なんだからもっと爽やかな曲もいいだろう。しかし音楽に爽やかさはいらないと気付いた。胸に染みるのが一番だと気付いた。
別に拓郎に自分をダブらさせているわけではない。しかし何故か彼の曲がいつのまにか耳に鳴り響き、心はある時は苫小牧発仙台行きフェリーに乗り込んでいたり、ハワイのKAHALAに行ったり上海の裏町で病んでいたりしてしまう。
人それぞれ音楽とはそういうものなのかナ?エーちゃんが好きだった頃、パンクにハマっていた頃は本人になりきったり、マネしたりもしたが拓郎ではそれができない。つまり曲にのめり込んでいるのだ。
巷間TVで70年代特集をやったり懐かしのニューミュージック特集や企画モノがどんどん発売されている。
今はオッサンが聞く新しい音楽がないんだろうな。出てはすぐ消えるサブリミナルシンガーが多すぎて新しい歌にも付いていけない悲しい世代にはベテランシンガーしかいないのだろう。
しかしそれで十分。
盛り場のフォーク酒場にはそんなオッサン達がたむろって飲みながらワイワイガヤガヤとギターを弾いて合唱してるんだろう。それもいい。カラオケで熱唱するもいいだろう。しかしそんな仲間には入りたくない。
あくまで秘かに拓郎の曲を楽しみとして聞いていたいのだ。日々そんな時間が少しでもあればいい。
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